孫左ェ門の杉
むかしむかし、大貫の船渡に孫左ェ門という若者が涸沼川の渡し守をしていて、母と暮らしていました。孫左ェ門は笛の名人で、いつも仕事が終わると舟を浮かべて笛を吹いていました。
ある日、舟端に美しい官女が舟にのってあらわれ、笛の音を聞かせてほしいというので、孫左ェ門が笛を吹いてやると、官女はお礼に山のふもとの誰も知らない酒の泉を教えてくれました。孫左ェ門はそれ以来、酒におぼれて草むらで寝ていることがよくあるようになりました。
そんなある日、孫左ェ門は磐城の国に働きに行くといって出て行きました。母が心配していると、孫左ェ門はある日ひょっこりと帰ってきて「寝ているときは部屋の戸をあけないでくれ」といいました。そのあと母が部屋をのぞいてしまうと、そこには大蛇がおりました。大蛇になった孫左ェ門が言うには、「私は沼の内弁天の主である。母に姿を見られたからにはもう2度と会えない。最後の孝行に母の信仰している津島の天王さまに連れて行ってあげよう」と、母を背中にのせ、雲の中を飛んで天王さまにお詣りをさせて、その後沼の内に帰るといって、いなくなってしまいました。
あの美しい官女は沼の内弁天だったのでしょう。母は泣く泣く、孫左ェ門をしのんで屋敷内に一本の杉を植え、そのもとに水神さまを祀りました。
それから、幾星霜、歳月は流れて今日に至りました。孫左ェ門の杉は今では見上げるほどの大木になりました。
- 2018年8月29日
- 印刷する