歴史
日下ヶ塚古墳(ひさげつかこふん)
施設の概要
茨城県指定史跡となっている日下ヶ塚(常陸鏡塚)古墳。 この古墳は復元全長105メートル、後円部径約65メートル、後円最頂部高さ12メートルを有する前方後円墳です。 茨城県内における古墳の中では、規模、副葬品ともに他を圧しています。 4世紀代の築造とみられています。

石碑

青銅製の鏡

石製の模造品

ガラス製の玉
古墳の歴史
古墳とは、当時この地域で力を持っていた人物のお墓です。
今を遡ること、約1,650年前の4世紀代に造られた古墳です。上から見た形が鍵穴のような形をしていて、前方後円墳と呼ばれています。全長約96m、高さ約11mの大きさで、前方後円墳としては茨城県内有数の規模を持っています。墳丘の周りには周溝と呼ばれる溝がめぐっていて、規模は更に大きくなるようです。
古墳には、この地域では出始めの頃の埴輪が並べられています。
昭和24年8月、國學院大學により後円部の墳頂に存在する埋葬施設の発掘調査が行われました。その結果、粘土で覆われた木棺が安置されていた事が判明しました。その内部からは、壮年の人骨と共に、青銅製の鏡、石製の模造品、木製の櫛やアクセサリー類など、総数4000点以上にのぼる副葬品が発見されました。
この人骨が誰なのかは不明ですが、海などの水上交通を掌握した人物の墓であったとも考えられています。
この古墳は、常陸鏡塚の別名を持ちます。調査後間もない昭和28年3月19日には茨城県の史跡として指定されました。
日下ヶ塚古墳の位置

日下ヶ塚古墳の位置
古墳の自然
日下ヶ塚古墳には、クリやコナラなどの落葉樹が生育しています。
5月の新緑の時季も青々とし美しいですが、12月上旬の紅葉の時季は更に格別です。ワラビやゼンマイなども自生していて、四季折々の楽しみ方ができます。
一方、周辺の周溝部は、シノタケやツル植物に覆われ、問題となっています。
古墳の史跡整備事業
日下ヶ塚古墳の除草作業
町では、古墳の重要性を認識し、周溝部のシノタケの除草作業を進めています。また、夏季に伸びる雑草は、毎年2回程度刈払いを行います。
さらに今後は、まだよく分かっていない、古墳の範囲や構造を明らかにするための考古学的な調査も進めていく予定です。